もったいない考。ものを捨てないということのコスト。スペースは金なり、理論。

日本人の大切な習慣「もったいない」精神、とかが流行ってますが、また片や、断舎利、とかいって捨てる技術、など、どんどん捨てるのが良い、という考え方もあります。

今日プラプラ見ていたアパートメントセラピーで、台所で乾物入れなどに、お揃いの綺麗な買った容器や瓶を使いたいけど、手持ちの使用済みビンももったいなくて捨てられない、皆さんどうする?という記事が載っておりました。アメリカ人(他)が、ケンケンガクガク、コメント欄で討議しておりますが、結構モッタイナイ派が多い。

Recycled Jars or Pretty New Purchases: Would You Make the Switch? | Apartment Therapy.

特に、最近はやりのオープンシェルフなんかだと、瓶をそろえて見栄えを良くしたいと思うものですが、実際は結構皆さん、やってない。

結構、捨てることへの罪悪感、っていうのは根強いようですが、ここは私は「使わないものは捨てろ」派なので、なぜ捨てられないのか?そしてその考え方の根底を、ちょっと見直してみてもいいんじゃないか?ということを言いたい。

理由① スペースは金なり

まずは、捨てるべき、最大の理由は、使わないものを保管することが「もったいない」。名付けて、”スペースは金なり”理論。

以前の記事で、ええかげんな食器なら捨ててしまえ!という問題提起をしました(オープンキッチンか扉付きキャビネットか.)。が、同じような発想になりましょうか。「まだ使える」入れ物でも、死ぬまでおいておいても使わないのなら「使えない物・使われない物」でしかないわけで、それが長年家のスペースを占めている。

ここで考えるのは、(郊外に住んでる)アメリカ人など、スペースが有り余ってる人種は関係ないけれど、我々日本人、限られた家賃で住んでる狭い家。あと一部屋あれば、もう少し広ければ、などと思いながら住んでいる。言ってみれば、我々は居住空間をお金を払って手に入れているわけです。そこで、例えば押入れ1個分のスペースを、不要物(不要な服や思いで品なども含め)に割いているとすれば、それにかけているお金は、まあ、単純計算すると、

都内郊外で家賃10坪10万/月(ざっくり)としてしまえば、一畳(0.5坪)分の押入れ分の不要物なら、月に5000円を毎月毎月物の保管だけに払っているようなものです。良く、ゴミ部屋、なんてのがテレビでやってるけど、ああいうのも、高い家賃払ってトランクルーム借りてゴミを置いてるようなものだな、と思うと、ほんと無駄な事をやってる。

だから、私的に言うと、つかわないけど、この服(あるいは瓶、食器、なんでも)置いておこう、と思う時は、「これを、月100円(とか広さに応じて幾ら幾ら)払っても置いておきたいだろうか?」と考えてみれば、我々ケチな日本人、一円たりとも払いたく無いのではないでしょうか?あるいは、余計に5000円払ってトランクルームを借りてでも、取っておきたいものか?と考えてみるのも良い。

そうなると、要らない物を置いておくのは、まさに贅沢・もったいない。そんなら捨てて、家を広くするか、その分狭い家賃の低い所に住んだほうがまだ良い。

さらに、この理屈なら、たとえば、数年に一回しか使わないものなら、おいておいて保管料払う位なら、手放して、必要な時だけ買ったり借りたりする方が、安上がりになる、という考え方も出てくる。

理由② モッタイナイの境界線(どこまでがモッタイナイ、って誰がきめる?)

むかし、おばあちゃんとかが、狭い家なのに、押入れに、白い発泡トレー、リボン、菓子の箱、輪ゴムなんかを山のように溜めこんで、「もったいない。いつか使うかも」なんていいながら、輪ゴムなんか、長年たってゴムがひっついて劣化して使い物にならない位になってたり。そんなのを「困ったものだ」と眺めていた自分がいた筈。菓子の箱や空き缶など、あの時代より、現代の方が、デザイン性も材質も格段に上だけど、我々、デパ地下で綺麗に包装してもらっても、気軽に捨ててる。白トレーも、今やゴミにしかみえないけど、古代人に見せれば「こんな軽くて綺麗なもの、もったいない」と思うんだろうな。

そういう頭で考えたら、自分が「もったいないな」と思うものって、何なんのかな、と。お金を出して買った安物の食器は、いつまでも捨てられないけど、実はクオリティでは劣らないモロゾフのプリンの入れ物は、捨てられたりする。結構、いい加減な基準なんじゃないかな。ガラス瓶なんかも、商品デザインってのは、ほんと素晴らしいものは世にあふれてて、そんなこと言い始めると、全ての空き容器が、まだ使えて、もったいなくなってしまう。

上のアパートメントセラピーの記事でも、タッパーウェア(登録商標)は捨てられない、ってのもあったけど、たしかにお金を出して買ったタッパーあるいは100均で買った類似商品は捨てられないけど、スーパーの食品容器で、結構しっかりしたもの(結構みな、それなりに良い容器に入っていて、洗えば使えそうなものも多いですよね)なんかは、しかし、何の迷いもなく捨ててしまえる。そんな風に考えると、我々も、もったいないといいつつ、結構捨てられるものは捨ててるんですよね。その実、100均なんて、超低クオリティなんだけど、プラスチックって意外と持つので、そんなのが、使える量以上に溜まる。でも、お金出して買ったというだけで、捨てられない。その差は何故かというと、実は理由もない思いこみなんじゃないかと。

もう、使わないなら、捨てる。それでいいんじゃないでしょうかね・・・。

理由③ 物を大切に?エコ?ホントのエコとは。

上のアパートメントセラピーの記事でも、「使えるものを捨てるなんて、とんでもない。私ならチャリティに出すわ」みたいな意見が多かったんだけど。

まあ、一つあるのは、自分も使わない、使い古しの瓶なんか、誰も要らない。以前、どこかで「家で短い鉛筆が捨てられないので、アフリカに送りたい」とか言う投書があって、それの回答で「そんなものはアフリカでも要らないわ」と。洋服なんかでも、ボロボロのを送賃かけて貧しい海外の人に贈るってのは意味ないケースも多くて(貧しい人も要らないかもしれないし)、もう燃やすか、ウエス(古布で工場なんかの油拭きなどの用途で使う)にするか、と割りきったほうがいい。服なんかは、流行遅れなものだけじゃなくて、袖を通した服は、基本、もう自分が着ないものは多分だれも要らない(除・シーズンごとにブランドを買い変えてる人とかは別だけど・・・ユニクロなんかは消耗品と考えたほうが)。

たまに古着回収したりしてるのは、古着としてというよりウエスなどに再利用してるんじゃないかな、無駄にはならないし、あと、「燃やす」ってことを、モッタイナイ、とかCO2とか、マイナスに考える人が多いけど、焼却に出すってことは、その分、焼却炉の燃料の石油を買う分が減るので、燃やして熱にするのは、ある意味究極のリサイクルなのだ。

PETやプラも、すごい手間暇かけて集めたり、資源化する際にまた加工に燃料を沢山使うことを考えたりすると、すんなり燃やして熱利用したほうがいい、という話も。以下のPDFなんかの33ページみると、サーマルリサイクル(熱としてエネルギーを回収する)が、材料リサイクル(プラとしてリサイクルする)より、トータルでエコだ、という話もある。算出方法など、諸説あるけど、大事なのは、「回収すればエコ、捨てれば非エコ」なんて単純な話ではないということ。

http://jsmcwm.or.jp/recycle/yamawaki090918.pdf

まあ、こういう知識も、より捨てる際の罪悪感を減らすため、とも言えるのですが、一番良いのは、タダでフリマか「ご自由にお持ちください」とかに出すってのが気持ち的には良い。

理由④ 経済効果

今不景気ですけど、日本の市場が停滞している。その結果、企業も売り上げが落ちる、その結果、我々の就職先が減って給料が減り、就職出来ない人も増える。

一つものを捨てて、新しいものを買うことで、市場が活性化する。若い人の就職先が増える。そう考えると、ものを捨てる、新しいものを買うことも、そんなに悪い事じゃない。

理由⑤ 人生短い

ほんとうに気に入ったものは買って、自分の身の回りを自分の好きな物だけにして、それ以外の「別に好きでもないし要らないもの」ってのは手放すのが、よりよい生活への一歩なのではないかと思う。

以上です。まあ、一つの考え方ということで。

個人的には、ものを捨てて、「これでスペース○○円分稼いだ」と思って悦に入る、っていうのが一番やる気になります。スペースは金なり。

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